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朝鮮半島の不気味な緊張
持田直武 国際ニュース分析

2012年5月13日 持田直武

北朝鮮が4月中旬から韓国に対する「特別行動」を宣言、政権中枢や言論機関を焦土化すると威嚇するキャンペーンを始めた。威嚇と並行してソウル首都圏では航空機のGPS(全地球測位システム)が異常電波を受けてかく乱が続く事態も起きた。米韓両軍が万一の場合北朝鮮の挑発地点に反撃を加える合同演習を続けている。


・核兵器の使用を示唆して威嚇

 北朝鮮の韓国に対する一連の威嚇は4月18日から始まった。北朝鮮が人工衛星の打ち上げに失敗してから5日後だ。最初は人民軍最高司令部報道官の声明で「ソウルを爆破する」と宣言。続いて20日、平壌で開かれた軍民大会が韓国の「李明博グループを一掃する」と決議。さらに23日、人民軍最高司令部の特別作戦行動班が李明博政権宛の通告文を発表し、「李明博グループとそれに追随する言論機関を我々独自の特殊な手段と方法を使って3−4分で焦土化する」と核兵器の使用を示唆して威嚇。並行して祖国平和統一委員会など各種団体も同じ主旨の声明を出した。

 北朝鮮が韓国に対して威嚇発言をするのは初めてではない。昨年5月韓国軍の一部部隊が金正日総書記の肖像画を射撃訓練の標的に使ったのに対し、北朝鮮は「報復聖戦」を叫んだ。また、昨年12月韓国政府が金正日総書記の葬儀に際し弔問を制限すると、北朝鮮は「ソウルを復讐の火の海にする」と威嚇した。だが、今回の北朝鮮の威嚇キャンペーンは過去に較べはるかに大掛かりて手が込んでいる。核兵器の使用を仄めかしているほか、韓国の航空機に対するかく乱電波の発射と見られる行為もある。

 韓国の国土海洋部の発表によれば、ソウル首都圏で4月28日から航空機や船舶のGPS(全地球測位システム)の信号異常やかく乱が起き5月半ばまで続いた。かく乱が起きても代替施設を利用すれば正常運行できるが、代替施設も故障した場合大惨事の可能性もある。韓国放送委員会がかく乱電波の発信源を追跡した結果、北朝鮮南部の開城地域だった。また、韓国の中央日報によれば、北朝鮮の東海艦隊司令部所属の潜水艦8−9隻が23日基地から移動、韓国側の監視網から消えたという。北朝鮮が威嚇発言を続けている時だけに韓国側は警戒している。


・試される米の抑止力

 この北朝鮮の動きに対し、米韓両国は5月7日から空軍の合同演習を開始して北朝鮮を牽制している。演習には米韓の空軍機60機が参加、北朝鮮側の挑発によって戦闘が勃発したと想定し、挑発拠点に反撃を加える訓練が中心だ。米韓両軍が2008年から毎年2回実施している定期演習で、反撃する強い姿勢を見せることによって北朝鮮の挑発を抑止することが狙いだという。しかし、北朝鮮が米韓側の思惑どおり挑発を思い止まるとの保証はない。北朝鮮が4月13日米韓などの反対を押し切って人工衛星発射を装ってミサイル発射を実施したのがそのよい例だ。

ワシントン・ポスト(電子版)は発射2日前の社説で「米国には北朝鮮のミサイル発射を抑える力はないに等しい」と主張した。北朝鮮がミサイル発射を予告し、米韓はじめ各国が阻止に動いていた時だ。同紙はその社説で「米がミサイルを撃墜しようとしても、現在の迎撃ミサイルの性能では確実に撃墜できるとの保証はない。また、たとえ撃墜に成功しても、北朝鮮が反発して大規模な軍事行動を起こした場合、米韓にはそれに対抗する十分な備えがない」と抑止力の限界を指摘した。

ワシントン・ポストはこの限界状況を切り抜ける手段として、米国は中国との協力強化を図るべきだと提案している。そして、「中国が北朝鮮の新指導者金正恩第一書記に賭けることにならないよう説得するべきだ」というのである。中国と金正恩第一書記の離間を図れという主張である。それを実現するため、米は「同第一書記は中国が最も嫌う北東アジア混乱のレシペである」と強調して中国を説得するべきだと主張している。米メディアがこのような主張をする背景には、中国の北朝鮮政策にわずかだが変化の兆しがあることが背景にある。


・中朝間の冷たい隙間風

 北朝鮮に金正恩第一書記の新指導部が誕生したあと、中国は同指導部の方針に2度にわたって反対した。1つは4月13日のミサイル発射に反対。もう1つは現在準備中とみられる3回目の核実験に反対していることだ。ミサイル発射では、中国が発射の自制を要求したのに対し、北朝鮮が無視した。このため中国は発射を非難する国連安保理の議長声明に賛成した。また、3回目の核実験については、中国は安保理常任理事国5カ国が5月3日共同声明を出して核実験の自制を要求することに賛成した。

 中国共産党の機関紙人民日報系の環球時報4月17日付けの社説によれば、中国がミサイル発射問題で国連安保理議長の声明に賛成したのは「中国が北朝鮮の新指導部に対して初めて厳格対応をとったという画期的意味がある」という。環球時報はまた中国が厳格対応をとった理由について「金正恩第一書記はまだ若く、中国に対する認識が形成される段階にある。中国としては北朝鮮に対する立場をはっきりさせ、北朝鮮だけかばうことはできないことを明確にした」のだという。

 北朝鮮は中国のこうした動きに対して具体的に言及したことはない。しかし、5月6日の朝鮮中央通信(KCNA)によれば、北朝鮮外務省報道官は上記の安保理常任理事国5カ国が核実験の自制を求める共同声明を出したことを非難する談話を発表、「安保理理事国が米の不当な要求を一方的に受け入れたのは重大な問題」と不満を表明した。報道官は中国の名前を出さなかったが、不満の矛先は中国に向けられていることは明らかだった。中朝関係に隙間風が忍び込んでいるのは明らかで、これが朝鮮半島の不安定な状況にどう影響するか、予断は許さない。


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