2013年3月24日 持田直武
米コネティカット州の小学校で銃乱射事件が起きたあと、米議会は銃犯罪を防ぐための4つの法案の審議を始めた。その1つは国民の銃所持を大規模に禁止する法案だった。上院司法委員会はこの案を他の3法案とともに過半数の支持で可決したが、上院本会議には送付しなかった。米国憲法が銃所持を国民の権利と規定しているため銃所持を禁止する法律は憲法違反になるからだ。
・銃禁止法案は廃案の運命
昨年12月コネティカット州の小学校で銃乱射事件が起きたあと、連邦議会には多数の議員が銃犯罪の防止を目指す法案を提出した。上院司法委員会はその中から次の4法案を選んで審議した。
(1)半自動式ライフル銃など攻撃用銃器の禁止法案。
(2)銃所持の無資格者に銃を転売するのを禁止する法案。
(3)銃購入者の身元調査の強化法案。
(4)学校の警備強化のため連邦資金を投入する法案。
これら4法案はいずれもオバマ大統領が1月16日に発表した銃規制の基本方針に沿って、それをさらに補足強化している。中でも注目されたのは(1)の攻撃用銃器の禁止法案である。提案者はカリフォルニア州選出の民主党上院議員ファインシュタイン女史で民主党上院議員21人が共同提案者として名を連ねた。法案の要旨は小学校の乱射事件で犯人が使った半自動式ライフル銃など攻撃用銃器160種余りの製造と販売、譲渡を禁止。所持を認めるのは現在合法的に所持している銃器のほか、狩猟や競技用の銃に限定している。また、銃弾については1つの弾倉に10発以上の弾丸を込める大容量弾倉の製造販売を禁止する。
上院司法委員会はこの攻撃用銃器禁止法案を含む4法案について3月中旬までに審議を終え全て可決した。同委員会は定員18人、委員は民主党が過半数を占める上院の議席構成を反映して民主党委員が10人、共和党委員が8人。表決では民主党委員が足並みを揃えて賛成し、4法案をいずれも過半数の支持で可決した。このあと、司法委員会は可決した4法案を上院本会議に送付するのが通例だが、今回同委員会は4法案のうち銃器禁止法案だけは本会議に送付しないことにした。送付しても可決される可能性がなく、他の3法案にも悪影響が及ぶと判断したのだ。
・世論の過半数は攻撃用銃器の禁止を支持
上院は本会議で法案を採決するには60票の支持を必要とする規定がある。攻撃用銃器禁止法案は共和党保守派が強く反発しているほか、民主党内にも来年再選を迎える議員が反対している。このため攻撃用銃器禁止法案を本会議に送付しても採決に必要な60票の支持を得るのは困難とみられた。2月28日付けのワシントン・ポスト(電子版)は「そもそも上院司法委員会が同法案を審議したのは提案者ファインシュタイン議員に敬意を表するためだった」と伝えた。同委員会のリーヒー委員長の秘書が内輪の話しとして明らかにしたという。
攻撃用銃器の禁止法案は議会の通過が難しいが、国民の支持は高い。ワシントン・ポストとABCニュースが3月7日から3日間調査した結果によれば、銃器禁止法案に対する支持は57%と過半数を超え、このうち42%はより強い規制を主張している。一方、反対は41%だった。コネティカット州の小学校で銃乱射事件が起きてから3ヶ月、世論調査では78%が事件の強い印象を忘れていないと答えている。国民の世論が銃規制に動いているのに対し、議会が対照的なのが際立つ。理由の1つは米国憲法が銃所持を国民の権利と規定していることが背景にある。
・銃規制を阻む憲法の厚い壁
米憲法修正第2条は次のように規定している。
「規律ある民兵は自由な国家の安全保障に必要であるから、国民が銃を所持し携行する権利を侵してはならない」
米国が宗主国英国との独立戦争に勝って正式に独立したのは1783年である。米連邦議会はその8年後の1791年国民の基本的権利を宣言する「権利の章典」を憲法に加えた。その第2条が上記の「国民が銃を所持し携行する権利」である。連邦議会はこの「権利の章典」を採択した翌年「1792年民兵法」を制定、民兵の役割について次のように規定した。「自由で健康な白人男性の市民は全員民兵として徴兵の対象になる。該当する市民は性能のよいマスケット銃(当時の標準的小銃)、あるいは先込め銃、銃剣一振り、ナップザック、薬きょう24個、火薬、弾丸などを調達しなければならない」。
米国独立当時、市民は自分で銃や弾薬を調達して民兵に参加した。それが健康な白人男性の義務だった。民兵法は「調達するのは性能の良いマスケット銃か、(あるいは旧式の)先込め銃でもよい」と指示していることからみて銃の調達は容易でなかったことがわかる。だが、社会の状況はそれから大きく変化した。英国で始まった産業革命が米大陸にも伝わり、銃の大量生産、大量販売の時代になった。中でも持ち運びが容易な拳銃が民間に大量に出回って、銃を使った犯罪も激増。銃の禁止を含め規制を強化するべきだと主張するリベラル派と国民の銃保持の権利を守るべきだとする保守派が鋭く対立することになった。
銃規制についてリベラル派と保守派の違いは憲法の位置付けが違うことだ。リベラル派は銃犯罪を防ぐには憲法の規定をあえて踏み越えても銃器の所持を禁止するべきだと主張する。一方、保守派は憲法の規定を尊重し、国民の銃所持の権利を維持するべきだと主張する。そして銃犯罪の予防は犯罪者に銃を渡さない方法などで対応するよう主張している。一方、裁判所は銃器の所持禁止法は憲法違反という判断を出している。政府直轄地のワシントン特別区が1976年9月から施行した拳銃禁止法がその判例となった。同特別区の議会が拳銃禁止法を可決、同区内に住む住民の拳銃所持を原則として禁止。許可を得て保持する場合も弾丸を抜き、引き金をロックするか、解体して使えないようにする命令を出した。だが、最高裁は2008年6月銃器の所持禁止は憲法違反との判決を下し、同法は破棄された。
・オバマ大統領が取り逃がした大魚
この判決のあと、リベラル派の銃器禁止の主張は影が薄くなり、銃器が犯罪者に渡らないようにする保守派の主張が勢いを増した。リベラル派のクリントン政権が1994年10年の時限立法として制定した攻撃用銃器の一部禁止法は期限が切れたあと再制定の動きは出なかった。同法は米国で初めて銃器を禁止した法律としてクリントン政権の成果の1つだった。今回ファインシュタイン上院議員が提案した攻撃用銃器禁止法案はクリントン政権の禁止法よりはるかに大掛かりな禁止法である。2月25日付けのワシントン・ポスト(電子版)はオバマ大統領の2期目の実績になる可能性のある問題として銃規制、違法移住者、気候変動、それに累積赤字の5項目を挙げた。そお筆頭に挙げられた銃規制問題は、ファインシュタイン提案が上院司法委員会を通過したものの本会議に送付されず討ち死にした。オバマ大統領は実績という大魚を一匹逃がしたことになる。
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