>1. 船乗りだったおじいちゃん-乗っていたのは日本郵船の船 >2. 喧嘩してもクルーズ-飛鳥ii
私のおじいちゃんは船乗りだった
おじいちゃんが船乗りだったことは、船好きの私のちょっとした自慢なのだけれど、それ以外のことは何もわからなかった。
母もおばも、乗っていた船の名前は知らないと言う。おじいちゃんが勤めていたころのものは、空襲で何もかも焼けてしまっている。
それが親戚の家に、アルバムが残っていた。写真には書き込みもあって、おじいちゃんの船員時代が、垣間見えてきたのだ。
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力持ちだったおじいちゃん
明治生まれだったおじいちゃんは、静かで、自分のことは何も言わない人だった。お喋りのおばあちゃんからはよく、「おじいちゃんはとっても力持ちなのよ。だって船乗りだったんだからね」と聞かされていた。
その力持ちを実際に見たことがある。おじいちゃんは交差点で困っていた誰かのトランクをひょいと肩に担いで、驚くような速さで渡って行った。
ひょろりと背が高いおじいちゃんの肩に担がれた大きなトランクは、まるで滑り台のように高く持ち上がって、交差点を渡る人々の頭を越えて斜めに傾いていた。
「おじいちゃんは船乗りだったんだもんね」 幼かった私は、そのあとを誇らしい思いで走って追った。
船でおもかじをぐるぐると
おじいちゃんは船で色々な所に行ったらしいけれど、何も残っていないと聞いていた。ニューヨークで買ってきたお人形など、「たーくさんあったのに、みんな空襲で焼けちゃったのよ」と母は言っていた。
「おじいちゃんは船でどんなことしてたの?」と聞いたことがある。私が聞いても、答えたのはやっぱりおばあちゃんだった。
「船長さんがおもかじいっぱーい、と言うと、おもかじいっぱーいと言いながら、操縦かんをぐるぐる回すのよ」
おじいちゃんは、ただニコニコしていただけだったと思う。
今の船の操舵室にはおもかじがない
2015年に乗ったポナン・ロストラルで、操舵室に入れてもらったことがある。この小型探検船には、乗客にこういうサービスがあるのだ。(その時の旅行記は>>こちら)。
けれどこの船には、おじいちゃんがぐるぐる回したと聞いた操縦桿はなかった。今はレバーで操作するのだそうだ。
その時通ったのは瀬戸内海だ。とても穏やかだったけれど、大小様々な貨物船や、漁船、レジャーボートがひしめき合っている。そんな中を1万トンの船が進むのは見るからに大変そうで、操舵室の人たちはピリピリと緊張していた。
私は邪魔にならないように後ろの壁にぴったりと背中を付けて立ち、目だけキョロキョロ動かしながらその雰囲気に浸った。
夜に瀬戸内海を航海する時も、操舵室にお邪魔した。なんと船の操舵室には、照明がない。明るい廊下から入ると、まるで真っ暗闇だ。やがてだんだん目が慣れて、大勢の人がそこにいて、点滅する計器の光を見つめている様子が見えてくる。
操舵室の正面と左右は全面ガラス張りで、三方にはるかに広がる海を、月や星がうっすらと照らしている。周りの島々にともる灯りや、その間に架かる橋の光が色を添える。何とも幻想的で美しい光景だった。
見つけた。それは飛鳥IIと同じ日本郵船の船だった!
おじいちゃんが乗っていた船の名前は、母やおばに聞いてもわからなかった。私自身がこんなに船が好きになったのだから、もっと早くに聞いておけばよかったと悔やんだ。
船の上では、たくさんの船旅好きの人たちと知り合う。船旅が好きな理由はそれぞれだけれど、明治以降の日本の船の名前や歴史にすごく詳しい人もいる。私の祖父は、実はそのxx丸に乗っていたんです、と言えたらどんなに鼻が高かったことか。
それが親戚の家のアルバムに、写真が残っていたのだ。そのうちの一枚には、「アルゼンチン航路 カワチマルニテ」と書いてある。写っている水兵服のひとりは、確かにおじいちゃんだ! 甥っ子(私の弟の息子)とうり二つだから、すぐに分かった。
BOKUYOMARUと書き加えている写真や、背景の救命具にBINGOMARUとあるものもあった。写真の下に「南アフリカ ケプタン」と注が付いている。アフリカ大陸南端の、ケープタウンのことだ!
おじいちゃんが乗っていたらしい船の情報
河内丸(1896年-1898年竣工):6099トン 主に欧州定期航路に
備後丸(1897年-1900年竣工):6421トン 主に欧州定期航路に
寄港地:横浜、名古屋、神戸、門司、香港、シンガポール、モンバサ(ケニア)、ロウレンソ・マルケス(現在のモザンビーク)、ダーバン、ポートエリザベス、ケープタウン、サントス、リオデジャネイロ、モンテビデオ、ブエノスアイレス、モーゼルベイ、イーストロンドンなど
墨洋丸(1924年就航-1939年に積荷が発火して沈没):8619トン 主に南米西岸線に
寄港地:香港、門司、神戸、四日市、横浜、ホノルル、ヒロ、ポートランド、サンフランシスコ、ロサンゼルス、マンサニヨ(メキシコ)、ラリベルタード(グアテマラ)、バルボア(パナマ)、ブエナベントゥラ(コロンビア)、カヤオ(ペルー)、ピスコ(ペルー)、モエンド(ペルー)、アリカ(チリ)、イキケ(チリ)、バルパレイソ(チリ)など
昭和10年代に、日本郵船の病院船や貨客船に事務員として乗っていた二口さんの本。戦争に翻弄される前の、ヨーロッパへの定期航路のお話など、夢中で読んじゃいます。
おじいちゃんが乗っていた墨洋丸の最後の様子も、知ることができた。
アルゼンチンまでどうやって!?
「航海中ウンドウ会ヲスル」と書かれた写真や、「南米ノ正月 」と書かれた写真もあった。横浜から太平洋を渡って、アメリカ大陸西海岸を南下して南米に行ったのか。それとも東南アジアを通ってインドからアフリカ大陸の南を回り、 大西洋を越えてアルゼンチンに行ったのか。
おじいちゃんが乗っていた船は、たったの6千トン-8千トンだった。大洋横断の時は、いったいどれほど揺れただろう。今は客船といえば、10万トン以上が普通で、22万トンなんていうのもある。
それなのに航海中に運動会なんて、今のクルーズ船のイベントと同じようなことをしていたんだなあ。
パナマ運河の開通は1914年。おじいちゃんが船乗りになった時には、もうパナマ運河はあったはずだ。開通して100年たって、パナマ運河はずいぶん広くなった。今は10万トン近い船も通るんだよと言ったら、驚くだろうか……。
おじいちゃんと船の話をいろいろしたかったなあ。
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